ステキなものに出会ったら。
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rest in peace.
どうしても、人目につくとこに書いておかないといけないと思う。
音楽が、歌うことが何よりも好きな自分のために。

音楽に愛された、世界中が認めた大スターでも、
早く逝くことはないって証明して欲しかった。
どんな姿でも、私たちの目の前にでてこなくても、
長く、生きていて欲しかった。そんな人を亡くした。

どんな音楽が好きか、と自分に問うたとき、
やはりソウルという基礎がある。
そしてポップであること、ロックの精神があることが、
私にとってはとても大事だ。
それをすべて兼ね備えたスーパースターは、彼しか居なかった。

高校生の時、彼の作る音楽よりも、
ボーカリストとしての彼の歌を最初に好きになった。
だからこそ、彼自身の肉体が失われて、
こんなにも悲しいのだと思う。

冷静に彼の音楽を、言葉を聴いて、彼の行動を見ていれば、
どんなに純粋な心を持った人だったかわかる。
今でもそのひとつひとつを思い返すだけで涙が出るくらい。
彼は神様から音楽を与えられた、本物の芸術家だった。
そしてその弱さ、純粋さ、真剣さは本当に人間らしかった。


ニュースでは「家族を亡くしたみたいな気持ちだ」と、
泣きながらインタビューに答える女性が居た。
私も同じような気持ち。泣きすぎて、ずっと頭が痛い。
本当に悲しい。この悲しみはきっと、もうしばらく続くんだろう。
悲しいと思わせてくれて、常に私の歌の先生であってくれて、
世界中の人を音楽で勇気づけてくれて、ありがとう、Michael。
恋する感覚を思い出してる
middle and mellow of toko furuuchi
middle and mellow of toko furuuchi
古内東子

「魔法の手」というアルバムがあって、
これはわたしが高校生の時のリリースだったと思う。

古内東子は、わたしが高校生の時、
「大人になったらこういう恋がしたい」と思う曲を作る人だった。

でも大人になった今も、じつはあんまり変わらない。
「こういう恋をしたいなあ」と思ってしまう。
もう、大人になったのに。

つまり、彼女の曲は、大人のための少女漫画みたいなものなのだ。
少なくとも私にとっては。

それで「魔法の手」というアルバムはジャケットがキレイで、
一曲目の「魔法の手」がすごく好きで、未だに良く聴く。
「恋する感覚を思い出してる」という歌詞から始まるのだけど、
その感覚だけは、おとぎ話じゃなくて、自分の感覚として、とても良くわかる。
「共感」してると言ってもいい。
そういう感覚の時には、彼女の曲はあまり必要がない。

わたしに古内東子が必要なのは、
もっともっと物語を読みたいと思うとき。
自分にロマンチックやドラマチックがたりないとき。

昨日の午後は未読の小説を読みながら、
ずーっと古内東子を聴いて、とても至福でした。
映画ブームの日々
この数ヶ月、本当にずっと映画ばっかり観ています。

手元にあった半券を、手帳に貼っているのですが、
すごい数になってきました。
DVDレンタルでも相当数観ているので、
自分でもどうしたんだろう?と。
まあ、サッカーに行くお金と時間が、映画に変わった、
と言われればそれまでなんだけど、
体力・モチベーション・タイミング、
すべてが今は映画にぴったりなのです。
(とはいえ、サッカーもいってるけど……)

そんなわけで「トワイライト」
3回目を観に行ってきました。
何度観ても、好きです。
まさに、女性のための娯楽映画。何も考えないで観られます。

ばーん!とか、どかーん!とか、ききーっ!とか、
魔法とか、アイラブユーとか、
それら全部をいいとこ取りで女の子のために作られた映画って、
とても夢一杯だし、幸せだし、良いと思うんです。

もちろん男の人も楽しめると思う。

そんなわけで、今からDVD発売と続編公開が楽しみです。

纏う
クロエ オードパルファム 30ml EDP-SP
クロエ オードパルファム 30ml EDP-SP


「覆う」とか「包む」とか「漂う」とか
香水の感触を表す言葉がたくさんあって、
私はいつもそれを上手く表現できない。


「憧れのお姉さんに、香水や洋服もらう」のは、
きっと、女の子だったら大抵夢見るシチュエーションで、
私に姉はいなかったけれど、憧れのお姉さんな友人ならいる。
年に一度くらいしか会わないけど、どこか繋がってる。
会ったときにぎゅっと凝縮した色々を感じる友人。

彼女は憶えていないかも知れないけれど、
10代だった私に似合う香水を選んでくれたことがある。
私は一生懸命探して買ったのだけれど、
まだちょっと大人っぽくて、相応しいときが来たらつけるために、
とっておいた。それはもう大事に。

そしてその香水を付けたいと思ったとき、
母が瓶を割って捨ててしまっていた。

その香水は廃盤になってしまっていて、
もう手に入れることはできなかった。
この時の喪失感は忘れられない。
憧れの象徴を壊された気がした。

その香りは、何かを「洗い流す」ようだった。
清潔で、爽やかで、どこか甘くて。
それを「似合う」と言ってくれたことが嬉しかった。

その友人のことは、今でも尊敬している。
大好きな、憧れの友人。
だけど、あの頃みたいに妄信的に憧れてはいない。
彼女のように素敵になりたいけれど、
彼女が好きだと言ってくれる私のまま、素敵になりたい。

そんな私が、今一番好きだと思えるのがこのオードパルファム。
あの香水のように「洗い流す」感じはないけれど、
「いい気分を纏う」ように思える。
イヤな気持ちを洗い流すことに必死だった10代から、
イヤな気持ちも受け止めて、その上からいい気分を纏える20代。
全速力で駆け抜けるしかないからこそ、いい気分でいたい。

彼女に今度会うときは、これを纏っていこうと思う。
似合うと思ってくれれば、とても嬉しいのだけれど。
「グラン・トリノ」のこと
慢性的に不眠症の私は、最近眠れない夜に、
「グラン・トリノ」のことを良く思い返している。

あの映画を観て、何も感じなかった人がいるんだろうか?
あの映画を誉めない人がいるんだろうか?

イーストウッド演じるウォルトは、嫌われ者の元軍人。
知人はもちろんのこと家族にまで疎まれている。
差別意識や神経質さを隠そうともしない。

その裏にあるのは、彼の戦争体験なのだけど。

ウォルトの隣人・モン族の少年タオは、
何をして良いのかわからない。
本当の意味での「生きていくこと」を知らない。

この二人が、フォードのグラントリノという車を介して、
本当の意味で出会う。

普遍的なシーンのひとつひとつに意味があって、
観客のために時間と空間があった。

生きていくこと、死ぬことを考えない人はいない。
戦争を経験していない私は、ウォルトの言うことはわからない。
でもきっと誰もがみんな、生死と寄り添って生きている。
当たり前のことだからこそ、それを語ることは、愚かだと思う。
「グラン・トリノ」の登場人物は、誰も、
それを土壇場まで語っていない。ただ、体現している。

ウォルトは、生きていることと、死ぬことを、
自分の一番良いと思える方法で遂行する。
それは決して「自己犠牲」の精神じゃないと思う。
「犠牲」じゃなくて、それこそが自分の正義に則した生き方。

私も、生きていると言うことを、自分が一番良いと思えるように、
やっていくしかない。
自分の正義を貫くしかない。
自分の正義を手に入れるしかない。
タオのように、私はウォルトに教えられた。

クリント・イーストウッドは、ウォルトと違って、
いろいろなことに理解のある人だと思う。
物事を様々な側面から見てから、自分の正義を貫ける人。
だからこの作品が作れたし、ウォルトを演じられたと思う。
メイン俳優として演じるのは、これが最後だというウワサ。
聞いた当初は寂しく思ったけれど、今は納得できる。
むしろ、これが最後であって欲しい。
あんな奇跡のようなシーンで締め括るなんて、最高だ。

この映画を「一番好き」とは言わないけれど、
(だって私はミュージカルとドキュメンタリー映画が好き)
今年見るべき映画は、「グラン・トリノ」だと言える。
もちろん「ミルク」も見るべき映画だけれど、
「グラン・トリノ」は、フィクションであることに意味がある。

萩尾望都の「トーマの心臓」でも思ったけれど、
誰かに愛情を注ぐことと、誰かを救うことは同義で、
それに人生を賭けることって、究極の愛情(もしくは正義)だと思うな。
自分が、そう生きられるかどうかは別として。
「グラン・トリノ」、そして友人との対話
友人のご厚意とお誘いで「グラン・トリノ」を観に行った。

素晴らしい映画だった。
イーストウッドの最高傑作だというだけではなく、
映画然としていて、映画館で過ごす最高の時間だった。
無駄なシーンはひとつもなく、人間の美しさも醜さも、
すべてが描かれていた。

愛と赦しと救いと、「生きる」こと、「死ぬ」こと。
あんなすばらしいエンディングはない。

自分だけの正義が、わたしにはあるのかしら。

きっとわたしはこれらの何一つわかっていないけど、
これから、死ぬまでに少しずつわかりたいと思う。
この映画を観て、いろんなことを感じる心があることに感謝したい。



人工的で美しい運河を観ながら、その心を語り合えたことにも。
好きにとっていいよ
SUPERMARKET FANTASY [通常盤]
SUPERMARKET FANTASY [通常盤]
Mr.Children

5/15「終末のコンフィデンスソングス」日本武道館

意外にも、初めてミスチルの単独ライブを見たのでした。
フェスやイベント、対バンでしか見たことがなかった。
(なんならそっちの方が今や珍しいのかも)

すごかった。

ミスチルはずっと好き。
王道の素晴らしさを感じられるし、「究極の共感」だと思うから。

私は人生の転機に、いつも音楽があって、
そしてミスチルは、そのとき気がつけばいつもそばにいる。

10代の多感な頃、「終わりなき旅」をテレビで聴いて、
涙が止まらなかった。
音楽を聴いてあんなに泣いたのは、
エレファントカシマシ以来だった。人生で2度目だった。
20代になって、もうどうしようもなく人生に絶望しているとき、
『シフクノオト』というアルバムに出会って、
絶望の淵から、誰かが手を差し伸べてくれる感覚があった。
アルバム『HOME』でその気持ちは確信に変わった。

一番新しい『SUPERMARKET FANTASY』は、
受け手次第でどうとでも取れるアルバムだと思った。
それはいい意味で、とても自由で、キャッチーで、
『共感』の幅が広がったってこと。
だけど、私は差し出された手を引っ込められた気分になってた。

だから、今回のアルバムのツアーに行って、
私自身がMr.Childrenというバンドをどう思うんだろう?
と、少し不安だったのだけど。

あのバンドは、あの場所にいた一人一人と向き合ってた。
だからきっと彼らは売れているし、ずっとすごいんだな。

多分彼らのライブの良さは「客席の一体感」もあるんだろうけど、
私は、みんな同じように腕を上げたり、
ずっとハンドクラップするのが好きじゃない。
そういうのって、「オヤクソク」じゃなくて、
自然に「やりたい!」と思えるものだと思うから。
音楽に合わせるんであって、他のお客さんに合わせるものじゃないと思うから。
そういう意味では少しアウェイを感じたかも。

またチャンスがあったら、行ってみたいです。
なんだかんだ言っても、やっぱりこれからもずっと、
アルバムが出る度に聴き続けるんだろうなあ。

「花の匂い」と「エソラ」は生で聴いた方がもっと好きだった!

武道館はやっぱり好き。
Smile us!
サッカーは、5月5日に観に行った、浦和戦以来。
あの負けは、ショックが大きかった。

今日はショックはないんだけど、じわじわと身に沁みる負け。
もうここまで来たら、観客の私自身は、
先のことを考えないで、サッカーをただ楽しむしかない。
でも、最後の笛が鳴るまで信じる。

そんな感じ。

私は、基本的に、勝っても負けても引き分けても、
それなりに満足して帰ってこられる人間です。
他に楽しみを見つけたり、いい部分を見るのが好きだから。
だけど、なんでこんなに胸がすかすかで満たされないのかな?
って思ったら。
今年、私はまだ、アナタたちの笑顔を見ていないんだよ。

苦いです。いろいろ苦いけれど、私は未だ信じているし、
信じているってことは、やっぱりこのチームが、
そして菅沼実というサッカー選手がだいすきだってことです。

Happy Birthday!
とりあえず今日から来年の今日まで、もっと笑えますように。
愛の生き方
The Duchess [Music from the Motion Picture]
The Duchess [Music from the Motion Picture]

なんか映画を観まくっています。
「ある公爵夫人の生涯」
これはずっと気になっていた映画でした。見られて良かった。

女性の生き方、義務、愛情、自由、希望。
「ミルク」もそうですが、事実は小説よりも奇なり、で、
フィクションの映画を観るより、ずっとパワーを使います。
本当のジョージアナがどんな人だったかはわからないけれど、
私には映画の中のジョージアナは、強くて弱くて、
「女性」だったのだなあ、と思いました。

私だったら、どの手を取るんだろう?

考えていたらグルグルと目が回ってしまいました。

音楽と衣装、メイク、映像、どれも美しくて、
その美しさと比べられるように、人間は醜くて、
だけどそれこそが美しかった。そんな映画。


事実の延長上にある映画を二本見たら、
心の許容範囲を超えてしまって、
またも映画館で「トワイライト〜初恋〜」を見ました。
ベラが、すごくかわいい。
完全にトワイライターとなってしまっています。
なんならもう一度観に行きたい……!
私、日本のこういうジャンルには惹かれないのになあ……
hope
映画「ミルク」を観てきました。

とても、とても、いい映画です。
いい涙を流しました。この涙は、安い涙じゃない。

気になっていて、観ていない方は、
今すぐ、映画館に行くべきです。
知らなかった人も、是非行って欲しい。

人間は、希望がなくては生きていけない。
どの時代も、どの国でも、どんな人間でも。
そういうことを、もう一回再確認させてくれる。

ハーヴィの人生は、マイノリティの人たちに希望を与えた。

この世の中に、人が存在する理由なんてわからない。
だから、他人がその理由を決めることはできない。
自分自身で、選んでいくしかない。

この映画を観て、感じたこと。
自由と希望は、隣人の心を想像することから始まるってこと。
それが優しさであり、本当の「hope」なんだってこと。